7/3/12

音楽家の思考と文章力part2

音楽家の思考と文章力について前回のポストで触れたが、また素敵な本に出会ったのでご紹介したい:

まずは、ヴァイオリニスト諏訪内晶子氏の「ヴァイオリンと翔る」(2001年、NHK出版)。ストイックに技術を極めるその探究心と情熱、そして冷静に周囲や自分のおかれている環境を観察するその洞察力に圧倒される。音楽家、演奏家がステージで音を紡ぎだすに至るまでにどのようなプロセスをへているのかを知るのにとても興味深い一冊。

そして2冊目、日本語翻訳版が先月末に出版されたばかりのスーザン・トムズ氏の「静けさの中から〜ピアニストの四季〜」。翻訳者はこのブログでも何度かご紹介したことのある、ご自身もピアニストで文筆家でもある小川典子氏。著者と同じくピアノを専門とし、そして英国の文化や言葉に精通している彼女以外にこの本を訳す適任者はいなかったと思う。私も翻訳をするので人の言葉を(それが洗練されたものであればあるほど)預かって作業することの大変さはよく心得ているつもりだが、本書では素晴らしい仕事をされたと思う。スーザン・トムズ氏の文章は非常にディテールなのにしつこくなく、そして彼女の思考の大きな枠組みも明瞭で、小川さんの翻訳の素晴らしさも手伝って、トムズ氏の思考の中にストンと入ってすっかり呼吸を共にする感覚を覚えた。品の良いユーモアセンスも心地よい。随筆集でここまで著者の思考に寄り添えたのは久しぶり。

生活の何気ない事にときめくことの出来る感性、ふとラジオなどから流れてきた情報から深い考察に繋げる事ができる知性、思考を行動に移す能力...それらのアビリティーが専門的分野の才能と融合した場合、さらにそれが昇華され、極められて、上記の彼女たちの場合は音楽という形で、きっとまた我々にパフォーマンスやその他の活動を通して還元されるのであろうと想像する。その恩恵にあずかる音楽好きの一人として思考する音楽家たちを心から尊敬してやまない。

*「ヴァイオリンと翔る」諏訪内晶子著(NHK出版)
*「静けさの中から ピアニストの四季」スーザン・トムズ著/小川典子訳(春秋社)