10/22/07
「善きひとのためのソナタ( Das Leben der Anderen)」
「善きひとのためのソナタ( Das Leben der Anderen)」は2006年製作のドイツ映画。
ベルリンの壁崩壊約5年前の東ドイツを舞台にストーリーは始まる。強固な共産主義体制の中枢を担っていたシュタージの実態を暴き、彼らに翻ろうされた芸術家たちの苦悩を浮き彫りにした作品。監督フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクが歴史学者や目撃者への取材を経て作品を完成。第79回アカデミー賞外国語映画賞受賞作品。
旧東ドイツの共産主義の監視体制を克明につづった作品としての面白さももちろんあったが、それ以上にそこにある人間の心の動きに心を打たれた。現在でも共産主義体制のベトナムに関わる者として、監視下のもとで創作を続ける芸術家たちの心情は他人事ではない。
話は若干それるが、つい先日久しぶりに吉本ばなな(注意:現在は全部ひらがなの“よしもとばなな”がペンネーム)の鮮烈なデビュー作「Kitchen」(1987)を読み直す機会があった。その中で登場人物の一人、えり子さんが主人公のみかげに自分の生き方を語るシーンがある。
<以下「Kitchen」より抜粋>
「いろいろ、苦労があるのね。」
感動して私(みかげ)が言うと、
「まあね、でも人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこなのかをわかんないと、本当に楽しいことが何かわかんないうちに大っきくなっちゃうと思うの。私は、よかったわ。」
と彼女は言った。
シチュエーションも何もかも違うけれど、「善き人のためのソナタ」の主人公ヴィスラー大尉が変わっていく様を見ながら妙にこのえり子さんの言葉<人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこなのかをわかんない…私は、よかったわ。>を考えていた自分がいた。
ヴィスラー大尉が毎日盗聴を続けていく過程で、ドライマンとクリスタの人間らしい自由な思想、芸術、愛に溢れた生活に影響を受け、冷徹なはずの彼の内面に変化が生じ始める。あるとき盗聴器から流れてきた美しいピアノの音色―それは、ドライマンが友人から「この曲を本気で聴いた者は、悪人になれない」という言葉と共に贈られた、“善き人のためのソナタ”という曲だった―を聞いたことを境に彼の中に生まれた感情はより人間らしい人間としての目覚めだったとも思うし、やはり彼ら(=他人)に対する尊厳や愛が生まれたのだと思う。この愛を考えたときにまたまた浮かんだのは吉本氏の「うたかた」の一節。
<以下「うたかた」から抜粋>
人を好きになることは本当にかなしい。かなしさのあまり、その他のいろんなかなしいことまで知ってしまう。果てがない。…(以下省略)
最終的には心地よい終わりの映画だが、ヴィスラーがそのソナタを聴いて心揺すぶられ、彼の選んだ行動をとり、その行動が何を意味したのかを知るまでには、果てしないかなしみや虚無感があったと思う。
最後にクリスタの語った言葉も印象的だった。
お薦めの一作品。