社会事業家としてWashington D.Cでd.c.central kitchenを1988年に創設したRobert Egger氏のドキュメンタリーを見てその活動に納得した。
「ただ施しをする」のではなく「社会との接点をもたせるチャンスを与える」。。。この発想に至る事自体は多くの人にできると思う。ボランティアに参加するのも、批判するのも、それ自体は難しいことではない。
支援する対象の国の政治社会体制、対象者の年齢や貧困の度合い。。。それぞれに求められるものは違う。
自分の生活を犠牲にしてまでの支援活動にも、自分の恵まれた生活への一種の罪悪感を拭うための支援活動にも、起業の税金対策の寄付にも、それぞれにそれなりの疑問は沸く。でもそこに何らかの支援を必要としている人がいる以上、モティベーションの詳細は何でもいいのかもしれない、とも思う。
一度きりの援助は楽でも継続には根気がいる。踏み出すのには責任がいる。一つの活動方法を見つけ、それを行動に移し、そしてそれを継続してきたEgger氏の話には説得力があった。
仕事だ恋愛だ、なんだかんだと小さなことに一喜一憂している自分の生活がもちろん嫌ではないが(生きてる。。。って感じはするし、笑)でも30を過ぎてやはり人生それだけでいいのか?という思いが強くなってきた。
社会に貢献する形は幾通りもある。自分に何が出来るだろうと今考えている。