12/31/05
ゆく年くる年
ベトナムは旧正月を祝うので、12月末は師走っぽくない。なんか年末年始っぽい事しよう!ということで友達と午前3時に花市場へくり出した。午前3時。。。といってももちろん早起きしたわけではなくて、前の日から皆で徹夜してるわけで、ほろ酔い気分で絶好調。卸価格で沢山お花を買って皆ご満悦。帰りはシクロで帰宅。あー、今年も一年いろいろありました。お世話になった皆様、ありがとうございました。来る年もどうぞよろしくお願いします。。。
追伸:新年はお花に囲まれて笑顔で迎えよう!という試みが、家に帰って生ける時にバラの棘にさされまくっていきなり泣く。笑。日本のように棘をとっておいてくれていないベトナムのお花屋さん。。。泣。来年もベトナムのちょっとした「棘」にさされる一年になるのかなぁ。。。まぁ、毎年同じか。笑。
12/24/05
アートな日曜日
久しぶりのブログ更新!
ibookをシンガポールに修理に出してから10日間。なんとも体の一部を失ったようで調子がでない。とほほ。(泣)
さて、12月18日(日)は2つアートイベントに行ってきた。一つはGalerie Quynhで11月24日より開催されていたSandrine Llouquetの個展「Troi Oi!」の最終日イベント。展示されている彼女のアニメーションとビデオのインスタレーションからインスピレーションをうけたサイゴン在住アメリカ人カフェオーナーJustinがギャラリーをスペースシップに見立ててパフォーマンス+お茶とお菓子のサービスをするという企画。アーティストではない人間がアートの作品に影響をうけ、自分の得意分野を使ってアートに「リスポンスする」というこの企画、下手にコンセプトを練りすぎて独りよがりになりがちな最近のベトナムパフォーマンスに比べてそのある意味純粋な発想に愉快爽快な気分になった。
(Sandrine のオンライン・エキジビション:www.galeriequynh.com)
同じ日、ホーチミン市美術館ではプロパガンダ・ポスターのコレクションをまとめた本の出版記念パーティーが行われた。イギリス人の友人Dominic Scrivenが中心となって長いこと収集してきたコレクションをライターのLucy Forwoodが1年かけて本にまとめた。会場で本を購入したのだが、どうもトイレかどこかに置き忘れてきてしまって(くやしいー、泣)まだ読んでいないので本に関するコメントはまた次回のブログでご紹介。美術館に展示された60−70年代のオリジナルのポスターのその色使いや構図などの斬新さに改めて魅了された夜だった。
(本の詳細:www.dogmavietnam.com)
12/7/05
サイゴン革命の夜?!
アートの話題が続いたのでちょっと箸休め。この写真「革命の夜」って感じだけど、実はサッカーでベトナムが勝った日のいつもの光景。ベトナムのサッカー熱(狂)はすごいぞー。試合が勝ちそうな気配になってくると、街に国旗、ハチマキや赤いTシャツを売る人間が何処からともなく現れ、試合後おびただしい数の若者がバイクにまたがって街中2時間くらい走り回る。別に暴動とかになるわけではなく(私の知る限り、笑)、ただ皆ヒューヒュー叫びながら勝利の歓喜に酔いしれる。それだけ。大きな試合の時なんかは本当に大げさでなく街の中心部はバイクで身動きがとれないくらい埋まるので(体験した人にしかわからないだろーなー、この状況は。。。笑)知らないで中心街にいたりしたらバイクの波が引くまで数時間足止めをくらう。皆大抵笑ってて幸福モードだからこれだけのバイクの波をみても単に圧巻なだけだけど、もしこれが本当に革命だったらこれだけの群衆から発せられる狂気とか怒りがあったら一国の政府くらい簡単に撤退させられるだろうなー、なんてつい考えてしまう。
12/5/05
どうなるサイゴンビエナーレ?!
サイゴンビエナーレ(以下SGNB)主催カンファレンスが12月1日&2日に行われた。サイゴンの主要なアート関係者がSGNBオフィスの仕事のアンプロフェッショナルさに抗議するためにボイコットする中始まった会議。私も通常はボイコット組の人間達と親しいのだけれど、一応状況を見極める為に出席を決意。個人的に「ボイコット」は好きではない。抗議するにも私は内容を知ってからにしたいと思う。
さてさて、ここ数ヶ月続くビエナーレお家騒動。あらましだけを簡単に言うと、2004年に始まったこの企画。フォード財団のサポートを受けてまず企画室を設置。プロジェクト・リーダーのMai’s Galleryのマイ、そしてalbbのパートナーでもあるスーがその補佐をし(補佐とはいえ、マイがあまりにもアート事情に無知+未経験なので実際の仕事はほとんどスー)、Dinh Q. Le, Jun Nguyen Hatsushiba等がアドバイザーとなりまずはHou Hanruをキューレーターにするべくベトナムに招待。プレスリリース的な事まで実施するものの、企画室内でのゴタゴタに一時停止状態。まず、Dinhが「こんな企画ではやってられんっ!」と一抜ける。そしてスーがマイとの性格の不一致(?!)で辞めさせられる。そしてNYのRodney Dicksonをアーティスティック・ディレクターに呼ぼうとマイとフォード財団で話し合いをしていた矢先にJunがキューレーターへ立候補。一件落着かと思いきや、Junがキューレーターに就任したのも束の間、今年11月20日付けでJunはSGNBオフィス批判を含んだ辞任Eメールを配信。サイゴンアートコミュニティーが事の成り行きに追いつけずキョトンとしている間にいつの間にかビエナーエオフィスに戻って来ていたDinhが実質中心となりタイからRirkrit TiravanijaとProject304のGridthiya Jeab Gaweewongを呼び寄せ、彼らが新たなキューレーターに就任。今回のカンファレンスはその報告(お披露目会)だったというわけ。
実際会場に来ている人間はこれらの騒動をほとんど知らない人間たち。ハノイからの人間が目立つ。新しく配布されたアドバイザー+現地キューレーター(ハノイのTran Luong等)リストにはハノイ出身者ばかり。首都であるハノイの勢いに追いつけとがんばって来たサイゴン、ハノイに追いつけ、でもハノイのアート政治に呑み込まれるな!という事でそもそも企画のあがった「“サイゴン”ビエナーレ」なのに、結果的にハノイ勢で固められる事に。個人を責めるのは悪いけど、リーダーのマイは一体何を考えてるのかわからない。カンファレンス中もやたらとハノイ勢をヨイショしてる感じがあって不快感を覚えた。ハノイとサイゴンの人間が一緒に仕事をするのは素敵な事。でも、どう考えても、ハノイに呑まれてる!!!同じ事の繰り返し!!
とりあえず、新しいキューレーターを迎えたSGNB。今までの企画とガラッと変わって、2006年12月20日から2007年2月末に約40人の海外・ローカルアーティストを招待しての大展覧会を予定中。内訳はローカルアーティスト15%、アジア人アーティスト70%、欧米アーティスト15%らしい。あと一年しかないのに、まだ予算もできてないらしい。大きな企画にどう現実が追いついて行くのやら。。。。。経験豊かなキューレーターだけではなく、状況を的確に判断し日常のオフィス運営をきりもり出来るプロのアート・アドミニストレーターが今一番SGNBオフィスには必要だと思う。この旨をフォード財団のMichaelに伝えた。彼も賛成。それでは誰を呼ぶ?!次なる課題である。。。。はぁ。。。。。
写真(左からMai、モデレーターのMai Chi、Gridthiya Jeab Gaweewong, Rirkrit Tiravanija, Dinh Q. Le.)
写真 (フォード財団のMichael DiGregorio)
11/22/05
広州トリエンナーレ
急ぎ足で中国・広州トリエンナーレに行って来た。サイゴンも大気汚染かなりヤバいと思っていたけど、グアンジョウはその上をいっている。初日いきなり鼻の粘膜がやられてちょっと鼻血がでる。誰かが北京はもっと大気汚染ひどいよ、と言っていたけど、本当だったらあの公園で毎朝太極拳しながら深呼吸している人達は大丈夫なんだろうか!?
残念ながらサイゴンでの仕事の関係で金曜日のオープニングには行けずに、土曜日の夜のディナーからの参加となったため、ハンルーやHans、その他D−Labの関係者とは結構話す時間があったけれど、その他のアーティスト達はすでに帰国したり香港や上海に移動した後だったようで残念!
メイン会場のある二沙島は風も多少吹き抜け救われた。正直最近ビエンナーレ、トリエンナーレ続きで「またかぁ。。。」という感じは拭いきれないけど、でもまぁそれなりの雰囲気はある。作品の展示の仕方(スクリーンの大きさや音響)など疑問もいくつかあったものの、ずっと生で観たかったYuan Goang-Ming 袁廣鳴(あれ?漢字あってるかな?!)の作品などもあって、行ったかいがあったぞっ!と満足。ちなみにこのアーティストの奥様は日本人のアートライター+台湾現代美術リサーチャーをなさっていて、彼女のブログ面白いのでご紹介! http://www.home-room.org/blog/mio/
横トリは撮影禁止だったけど、広州は撮影OKだったので、会場でやたらと写真をとりまくっている観客が気になる。私も撮影はしていたわけなので人の事は言えないが、でも携帯やデジカメのファインダーから作品を観ながら近づいて行き、シャッターを切ると次の作品に移動、みたいな人が多くて「あれ?作品みてるぅ??」と気になる。
日曜日だったこともあり子供達が沢山来ていて、子供達の興味を引く作品、例えば大きなインスタレーションとか映像作品の周辺は賑わいをみせていた。Liu Weiの「消化不良」というインスタレーションの一つでたしかFantasiaというタイトルの玩具の武器などをアスファルトで練り込んだような彫刻作品の一つに鼻くそをなすり付けている子供を発見!!(笑。。。笑っちゃいけないんだけど、この作品が巨大な黒いウンチみたいに見える分それに鼻くそはやっぱりツボに入った、笑)警備員はどこにいるのだぁー!!!!
作品の大部分に英語の説明や字幕等がないので深い意味まで解らないのがあった。カタログにも大した情報はなく、インターネットやAsia Art Archiveなどを使ってリサーチしなければいけない。
広州トリエンナーレのサイトは:http://www.gztriennial.org/second/
11/14/05
ヌードルプロジェクト&GQイベント
先週はタイのチェンマイから来たアーティストのSutthirat Supaparinya (Som) とリサーチャーのCharunee Chirangworapot (At)のドキュメンタリーフィルム制作のお手伝い。ベトナムとタイの2カ国で「ヌードルと文化」の関わりをシェフやレストランでのお客さんへのインタビューを通してリサーチするプロジェクト。サイゴンで5日間、その後ハノイで5日間、ひたすら朝から晩までヌードルを食べるという荒技をやってのけてくれた。笑。Somは普段はチェンマイ大学でメディア・アートの教鞭をとっている。取材中結構機材等に関する豆知識を教えてもらったりしてためになった。完成した作品は今後フェスティバル等にも出品予定があるそうなので、また情報が入ったらお知らせします。
さて、日曜日はGalerie QuynhでBertrand PeretのQ&AセッションとHeidiによる電子音楽パフォーマンス。我々albb以外でこの手のイベントをするのは初めて。Q&Aの中でホイアン(ベトナム中部)に住むデンマーク人のアーティストから「何故ベトナムで展覧会をやっているのにベトナム人の観客が少ないのだ?彼らを無視してはいけない!」という意見が。写真でもおわかりのように実際参加者の9割は在住外国人。ギャラリーのディレクターにどういうパブリシティーをしたのか聞いてみると、外国人とベトナム人のバランスがとれるように考えて招待状を配布したとの事。彼女も何故ベトナム人の参加が少ないのか首をかしげている。もちろんこのアーティストのコメントは正論なのだが、この背景にはいろいろ事情があると思う。
Galerie Quynhは一歩中に入ると外国の風を感じるようなすごくスタイリッシュなギャラリィー。たぶん一部の外国人慣れしているベトナム人をのぞいてはちょっと敷居が高い感じ。昔私がギャラリィーを運営していた頃もやはり皆「一張羅」を来てギャラリィーを訪れるという感じだった。その点、ハノイにあるSalon NatashaやNha San Ducみたいな場所はたしかに作品を展示するにはやや特異な空間(オーナーのキャラクターがかなり濃く反映しているという意味)ではあるが、ローカルのアーティストや人間がふらりと気軽に訪れるという意味では非常に理想的なところ。でも質の高い展示空間を求めるとGalerie Quynhのような街の他の部分からはちょっと浮いた感じになってしまうのは避けられないし。。。どうやってローカルベトナム人とアートとの距離を狭めていけるかは今後の課題だなぁ。。。
11/8/05
やり場のない怒り
サイゴン・ビエナーレ主催の展覧会シリーズの第1回としてTran Huu Nhatの個展に行って来た。彼はフエ美術大学を出たばかりで、ベトナムの伝統芸術であるシルク絵の技術を用いてコンテンポラリーな主題の表現に取り組んでいる若いアーティスト。まだ荒削りだが、伝統芸術(シルク絵や漆絵)を学ぶ美大生の大半が「伝統」の箱の中から出られないベトナムの現状を考えると、自分を持っている数少ないアーティスト。いくつかユーモアのある表情豊かな作品があった。
彼の作品の善し悪しはとりあえず置いておいて、サイゴンビエナーレの運営に度肝を抜かれた。
到着してまずギャラリーの入り口にサインが無いのに驚く。私は数ヶ月前に同じ会場で行われたワークショップに参加していたので迷わずに済んだが、知らない人がいったらまず辿り着けない。数ヶ月前の時点ではサインが無かったのも「きっと移転直後で間に合わなかったのだろう」と思っていたのだが、今日に至ってもないのはおかしい。別にアンダーグラウンドな雰囲気を狙っているわけではない。単にオフィスの怠慢。そして会場に入って再度驚く。窓から入る自然光だけでライティングが何もセットアップされていない。これもアーティストの意志というのなら分かるが明らかに電気代節約。そして妙に空気がこもって蒸し暑い。シルクペインティングの展覧会だったが、数ヶ月後には作品に黴が生えている様子が容易に想像がつく。そして一番困惑というよりも笑ってしまったのはすべての作品が異様に高い位置にインストールされており、高さの違うキャンバス(基本的にすべて同じサイズのキャンバスを使用しているのだが、縦使いのと横使いのがある)がすべて底辺を真一直線上に合わせて展示してある事。ここまでくると「もしや、もしや、アーティストの何か狙いがあっての事?!」と思い本人にたずねてみるが狙いはないらしい。大学出たてでエキジビションの経験も少ないアーティスト自身に作品のプレゼンテーションにプロフェッショナルな意識が無いとは責めにくい。特にベトナムではまず大学で国際レベルの展示に関する知識(センターラインをまずとって...云々)なんてまず教えないので経験者が教えてあげるしかないのだ。
「サイゴン・ビエナーレ」と称してフォード財団からかなりのお金をもらって運営してるわけなんだから、せめてせめてせめて若いアーティストをサポートするというのならそういう基本的な事からサポートしようよ!!と思う。アーティストもそういうベーシックを知った上でそれに従うか従わないかを決めればいい。サイゴンアートに携わる者から言わせてもらうと本当にこういう資金があるのに意味のない使い方をしている現状に腹が立ってしょうがない。
サイゴン・ビエナーレのキューレーターに就任しているジュン(ジュン・グエン・ハツシバ)。現在はまだ韓国にいるはずだけど、彼はきっと何が起きているか知らないはず。って、いうか、知っていたとしたら彼のキューレーターとしてのセンスがわからない。
彼が帰国後、会って確かめなければいけない。
「どうせ海外からは重要なアート関係者はこないだろう」という前提に行われてる単なる既成事実作り(「サイゴンでビエナーレ(みたいなこと)やりました!」という事実)にしか見えないこの「サイゴン・ビエナーレ」。あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、恥ずかしいっ!!!!!!!!! ビエナーレの実行委員長(?!)を務める女性はギャラリィーは運営してるけど、なんかお金持ちの奥様がボランティアでアートサポートしてますって雰囲気があってアーティストからも信頼がない。でも彼女は実家が政治的に権力を持っていて何となく今のポジションにおさまっている。フォードもフォード。やる気も能力もないただの権力者にお金渡してどーすんのよぉ!!!!
11/1/05
ギャラリィーオープニング
10月27日はGalerie QuynhでのBertrand Peretの個展「Photosynthesis」のオープニングに行って来た。Quynh はベトナム系アメリカ人の女性で私がサイゴンに来た当初からの友人である。サイゴンに数あるコマーシャルギャラリィーの中では一番国際レベルのマネージメントと展示環境が整っているところ。
基本的にはギャラリィーがリプレゼントするアーティストの作品展が中心だが、今回のように他のオーガニゼーションと共催の展覧会は初めて。共催したのはフランス人のグループWonderful District。アーティストはそのコアメンバーの一人。彼らは昨年から巨額な資金をもってサイゴンでアートスペースをオープンしようとしているオーガニゼーション。しかしいろいろな政治的な問題等でとりあえずサイゴンでのプロジェクトは断念して中部のホイアン市にアーティスト・イン・レジデンス中心のスペースをオープン予定。
Bertrandはテクノロジーと自然の共存をテーマに創作活動をしているアーティスト。彼のパックマンのシリーズは結構有名で、ツール・ド・フランスで選手達が走る路上に大きく描かれた彼の作品をTVや雑誌で目にした事がある人もいるはず。
Galerie Quynhのウェブ上でウェブ展覧会も開催されているので興味のある方はどうぞ。www.galeriequynh.com
Wonderful Districtのウェブはwww.wonderfuldistrict.org
10/26/05
朝早くの電話だけはやめてー。
10月20日はa little blah blah 共同運営者、スーのお誕生日。パーティーは週末に彼女の家でする事にしてとりあえず内輪でバースデーディナーをする事に。スーが選んだのはインド料理屋さん。美味しかったぁ、タンドリーチキン。スー、お誕生日おめでとう!
スーが飲まないので彼女の分も祝い酒を飲んでいたら翌朝は二日酔い。そこに鳴り響く電話のベル。出てみるとやっぱりブルーノ。彼はパリ在住のアーティスト。パリのBuddha Barの仏陀を作った事で知られている。彼はアート制作以外に趣味と実益を兼ねて始めたインテリアデザイナーの仕事でモテモテで世界中忙しく飛び回ってる。その関係でサイゴンにもよく来るのだが、いつ寝てるのか分からないくらいエネルギッシュな彼の唯一&最大の弱点は「恋に落ちやすい」という事。さすがフランス人?!とにかくどんなに些細な事が起きてもドラマにしてしまうので付き合わされる友達はちと辛い。特に二日酔いの朝は、笑。その彼の声がいつもにもまして暗い。夕飯に呼ぶとひとしきり食べた後うちの彼のボロボロのドラムセットの前に座るなり傷心をドラムにぶつけはじめた。約2時間半、ひたすら叩いていた彼。突然吹っ切れたように帰って行った。きっと今頃また新しい恋みつけてるんだろうな。彼は今年50歳。写真は傷心の横顔なのでちょっと老けて見えるけど、実際会うとすごく若い。やっぱりいつも恋してるのが秘訣?!
今週は他にもアート関連の打ち合わせ等が重なって忙しい1週間。日曜日はゆっくり寝ようと思ったら友達のお父様からサンデーランチの呼び出し。友達の「お父様」から呼び出される状況って私の人生ではサイゴンでしかない、笑。もちろんそこには友達本人もいるんだけど、集合をかけるのはお父様のお仕事、笑。そして、あの威厳に満ちた声で集合をかけられると、こ、断れない...。半分眠りながら行くとテーブルにはフォアグラ(生ではなかったけど)がドッテっと置いてある。そして蒸した蟹。その他出て来る出て来る。毎度の事。ベトナム人のお家は日曜日の家族との食事を大切にするのでもう宴状態。フランス語で教育を受けたボー(お父様)はフランス人の友達が多いらしくしょっ中フォアグラやワインなどをもらって来る。そしておこぼれにあずかる私と彼。眠い体に鞭打って椅子に座り、眠い目をこすりながらひたすら食べる。そして食後はいつもポーカーかブラックジャック。お金持ちのお家なので皆お金の賭け方が半端じゃない。私と彼もカードは好きだけど、彼らとのゲームは危険なので早々に引き上げる、笑。ボー、フォアグラありがとう。しっかり血となり肉となりました。そして明日からダイエット...。そして、来週の日曜日はゆっくり寝かせてね...。笑
10/19/05
サイゴンサイゴン
サイゴンに戻って来て4日目。留守の間にたまった仕事をこの3日間必死に片付けて、今日はちょっと一息のつもりが、張りつめていた糸が切れた感じで全くやる気がでない、笑。気分転換に何か美味しいものを作ろうと思う。
近所のスーパーにお買い物。でもやっぱり歩みが重くノロい。ダラダラかったるそうに歩いていたら近所のおばさんに「何なにぃ?だるそうじゃないのぉ!赤ちゃんできたの?」と聞かれる。何故かったるそうにしてるだけで赤ちゃんに結びつくのかわからない、笑。でもこういう会話ベトナムに帰って来たって感じ、笑。
新鮮なお野菜を買うにはもちろん市場のほうがいいけれど、こういう倦怠感のある日は市場のおばちゃんの押しに負けてしまうので交渉しなくていいスーパーに限る。
さて、何を作るかも決めずにスーパの中をぶらぶらする。なんとなくライスペーパー(春巻きの皮)のセクションをぶらぶらしながら商品を手にとってみていると、突然現れたおじさんが「こっちのほうがいいよ」と言いながらあるブランドのライスペーパーを私の籠にいれた。別に買う予定はなかったんだけど、まぁ、ライスペーパーなら買い置きもできるしいいかっ、と思い何となくお礼をいって野菜売り場に移動。するとまたどこからともなく同じおじさんが現れて「この時季はこれが美味い」といって適当な野菜を籠にいれてくれた。ついでにブン(米麺)まで持って来てくれたので、なんせお疲れモードだった私は断れず、そのままレジへ。
帰宅後、おじさんのチョイスとうちの冷蔵庫の残り物で生春巻きを作った。疲れてるときに単純作業は結構いい。春巻きは具さえ用意すればあとはひたすら巻き巻きするだけ。
純ベトナム風はいつでも外で食べれるので、スモークサーモンやサラミと野菜と香草、ブンを使ったバージョンにする。ひたすら無心に巻き巻きしているうちにだるさがいつの間にか取れて来て、なんか調子でてきたぞ!
名前も知らないスーパーで出会ったおじさん、生春巻きの材料を籠に入れてくれてありがとう...笑。それにしても、あの人店員でもないし、自分で買い物してる風にも見えなかったけど、何者だったんだろうか?
10/14/05
あー、フランス
サイゴンの自宅にもう一ヶ月以上帰っていない。長旅ついでにベルリンでのカンファレンスの後でフランスに10日ほど寄る事にした。しょっちゅう旅行してる私に「良いご身分ねぇ...」という声もちらほら聞かれるのだが(笑)、基本的に節約旅行である。ケチらないのは良いお酒を楽しむ時だけ。旅先ではたいてい友達宅に居候させていただく。本当にお友達、ありがたい!!!(というわけで、我が家も居候に非常に寛大な家なので、皆さんサイゴンにお越しの際は是非泊まってくださいね!)
今回はパリでは画家のクリスティーンのお家に、そしてボルドー近くのメサージュでは陶芸家のフランソワと私の昔のギャラリィーのアシスタントをしてくれていたベトナム人のマイちゃんご夫婦のご自宅に転がり込む。
パリではベルリンで会ったアート関係者とのミーティングが幾つか入ったりして半分お仕事モードだったけど、メサージュは完全なる休日!!!あー、ホリデー!!1ヶ月会っていなかったパートナーのフィリップもパリで合流、お酒、チーズ、煙草好きの私たちにはフランスは天国!!死ぬ程、朝から晩まで飲み食いに勤しみました。(笑)
パリでは昔フィリップのオーストラリアの実家にホームステイしていたフランス人のジュリアンに再会して、彼の成長ぶりに感激!会った当時はまだ学生で、しょっ中交通事故で車を大破させていた彼が今は会社を築いてがんばってる!誰かの「成長ぶり」に感激するようになる歳になったんだなぁ、と一瞬複雑な気持ちではあったけど、笑、でも素直に彼の成功とがんばりが嬉しい!
メサージュでは自転車で街を走り回っているうちに森に入り込み、いつしか砂丘にかわり、2時間近く砂に半分埋もれながら自転車を担いで彷徨い、あげくに今狩猟のシーズン中で、我々は鹿と思われ漁師に撃たれそうになるハプニング等も乗り越え、ついに大西洋が目前に広がった時は相棒は思わず服を脱ぎ捨て海岸を踊っていました。どっかの部族の歓喜のダンスみたいなものが生まれるのって、こういうことかぁ...なんてしばし感激。まぁ、私は裸踊りするほどの体力も残っていませんでしたが、笑。
温かく居候を受け入れてくれたお友達にあらためて感謝!
そうそう、パリではクリスティーンの友達のイタリア人アーティストが「昨今のアート界に嫌気がさした!何かが間違っておる!」との事で「アートよサヨナラ」パフォーマンスをするとの事だったので行って来た。彼は「アート界」に見立てたもう一人のアーティストとボクシングマッチを決行。血こそ流れなかったけど、汗の飛び散る4ラウンドを経て、そろそろ盛り上がって来たぞぉ!!!というときに勝敗がつくわけでもなくパフォーマンスは終わった。彼はもうこの日を境にアートは作らないらしい。メッセージが伝わるような伝わってこないような微妙な感じだった。パリ、っぽい、っていえばパリっぽいかも。曖昧な微妙な感じが、笑。でもあれは結局なんだったんだ?!
10/3/05
ベルリンベルリン
9月末のベルリン、かなり寒かったぁ!結構着込んでAsia Europe Foundation とufa fabrik共催のRes Artisのカンファレンスに。1週間の「アーティスト・イン・レジデンス」に関するヨーロッパとアジアとのネットワーキングの始まり。開催中はベルリン内の主要なアーティスト・イン・レジデンスの場所やミュージアム系を訪れて回ったり、様々なパネリスト達のディスカッションなど濃い内容。やたらとあるコーヒーブレイクや会場の移動中のバスの中とかが案外他のオーガニゼーションのレプレゼンティティブと仲良くなるのには効果大。日本からも9月にラウンドテーブルディスカッションに参加させていただいたAANの嘉藤さんや遊工房の村田さんご夫妻、国際交流基金の菅野さん、AITの小沢さん等々いらしていたり、最近別件で御世話になっているOng Keng Senも来ていて再会を喜ぶ。
フリーナイトの日、Art Forumで出会ったフォトメディア・アーティストのPeter Riedlingerのアトリエに遊びに行った。フォトメディア系のアーティストのアトリエはいついっても本当に綺麗に整理整頓が行き届いていて感銘を受ける。ちなみに彼の奥様もフォトグラファー。今フランスでレジデンスの最中で不在だったのが残念。もと軍用地にある建物の一室を借りているアトリエは約90平方メートルで一月の家賃は250米ドル!なんともうらやましい環境。
最終日はポーランドに一日遠足!なんかポーランドの美術館に一歩足を踏み入れて思わず「なんか、ベトナムっぽい!」と思う。ロシアの残り香が強いからかな。行政っぽい感じとか。節電のために観客が見てなさそうな展示品のあたりは電気が消えてたりとか、笑。名前を覚えていないのが残念なのですが、ポーランド人2人組のパフォーマンス、面白かった。名前がわかったらお知らせします。ところで、バスでずっと隣だったNYでCave GalleryをやっているアーティストのShigeさん、面白すぎ!ポーランドの印象よりも彼の印象のほうが実は濃かったかも、笑。ちなみにCave Galleryのウェブはwww.caveartspace.org
9/17/05
あー、横浜。
現在横浜。4月の香港でのワークショップでお会いして以来いろいろとお世話になっているArt Autonomy Network (AAN)さんが企画するイベントに時間がある限りお邪魔している。先週金曜日のビデオ・スクリーニングでは台湾のビデオ・アート作品のコレクション、そして昨日はドイツのビデオ・アート作品群。それ以外には日曜日の様々なオルタナティブなアートシーンで活躍されるアーティストや企画者達のプレゼンやディスカッションなどイベント目白押しである。(詳しくは:www.a-a-n.org)。お話を聞くのももちろんだけれど、やはり現場でお仕事をなさっている方達と直接お知り合いになって今後の情報交換につながるのが私にとっては大きな収穫。AANのメンバーの皆さん、本当にお世話になっております!感謝です!
さて、先週日曜日のラウンド・テーブル・ディスカッションの後、流れに流れて横浜トリエンナーレのオフィスになだれ込み、深夜の宴に、笑。傍らではメールの応対などで深夜にも関わらずお仕事に勤しむ方もいつつ、そしてビールやお酒で一息つく一角あり、で和気藹々な職場。サイゴンでの相棒スーは今回は横トレのアーティスト・コーディネーターという事でこのオフィスで机をもらってがんばってる。サイゴンではいつもイライラストレスのかたまりみたいなスーばかり見ているので(サイゴンは仕事をするのにはタフなところです!)忙しいながらもリラックスしているスーを見て嬉しくなる。相棒は失いたくないけど、正直、「この人はサイゴンじゃないこういうところで仕事したほうが本領発揮できていいのではないのかしら...」と思ってしまう、笑。
横浜は歩きやすくていいところ。この間深夜の街をあるいたけど、ほどよく陰と陽があっていい街。昼間でも東京の街ほど機械音や、やたらと四方八方から襲って来るアナウンスの嵐も少ない気がするし。心にさざ波が立たなくていい。バーのお酒の種類も銀座ほどじゃないけど、悪くない。それにしても日本人はスコッチ飲む人が多いんだなー、といつも思う。プレミアムなボトルもちょこんと街の小さなバーにおいてあったりして驚く事多し。でもラムとかのセレクションがもっと充実してくれていると私的には嬉しいんだけど、笑。
あれ?アートの話がお酒の話になってしまった、笑。
9/7/05
おー、ハワイ
ベストフレンドのウェディング。前の晩感情的になって(私がマリッジブルーになってどうするのだ、笑。)飲み過ぎて気がついたら朝の4時。当日は「超」二日酔い。とにかく気力で持たせようと心に誓う。行きのリムジンの中では周りに合わせて楽しそうにしつつもその実かなりやばかった、笑。でもSt. Andrews Cathedralでの式が始まるとあまりの花嫁の美しさと、バージンロードを歩く父娘の姿に体は二日酔いと戦いながらも心の芯が震えたぁ。泣くもんかっ!と思っていたのに、あーあ、やっぱり泣けた。お二人よ、末永くお幸せにね!!
さて、ウェディングは最高だったけど、やっぱり私にとってハワイ、特にホノルル・ワイキキ周辺は正直辛かった。海は大好きだけど、あのワイキキの「私たちハッピーだもんねっ!」って人々のオーラがまず辛い。そしてあの「人生楽しまなきゃぁ〜、ららら〜ん、うふふ!」みたいなハワイアンミュージックが聞こえて来るともうどうして良いのかわからない(笑)要するにきっと私は単なるひねくれ者(笑)でもやっぱり私には陰のないハッピーな国はやっぱりどこか辛くて痛いのですっ!(きっとホノルルにもダークな部分もあるんだろうけど、それを打ち消すだけのハッピーオーラがそこらじゅうに...)
ウェディングの写真はプライバシーの関係上載せられないので、代わりに夜のレセプションパーティーで華麗なフラダンスを披露してくれた元ミス・ハワイ(?)のお姉さんの写真。終始満面の笑顔のお姉さんにハワイを見た。そしてやっぱりちょっと辛かった、笑。非常にスウィートで辛ぁーいハワイ滞在でした。
8/31/05
最近ベトナム人の友人の間ではよく「Nhat Ky Dang Thuy Tram」の話題がでる。
これはベトナム戦争中にベトコンの医師として従事していたDang Thuy Tramが残した日記である。ベトナムではこの20年の出版史上で記録的なベストセラーとなっている。1970年に亡くなる数ヶ月前までを記した彼女の日記は、一度はアメリカ軍の手で軍の資料として不要な遺品として他の者の遺品と共に燃やされそうになるが、当時アメリカ軍の通訳をしていたNguyen Trung Hieuがその内容に心を打たれ、上司であったFrederic Whitehurstに保管をすすめる。Hieuの訳によって内容を知ったWhitehurstも同様に、敵側であったこの一人の共産党員女性の生き方に感動し自分のポケットに入れて戦火をくぐりぬけその後アメリカに持ち帰る。日記を家族に返すべく、彼のTramの肉親探しがはじまるが難航ししばらく中断せざるをえなくなる。しかし諦めかけていた頃に彼と彼の弟Rober Whitehurst(彼もベトナム戦争に参加、後ベトナム人女性と結婚。)が参加したベトナム戦争関係の会議の席でこの日記を発表した事から違う学者(Ted Engelmann)の助けによって家族が発見され今年4月末家族のもとにスキャンしてCDにおさめられた日記がEngelmannによって手渡された。Tramの81歳になる母親は娘の死から35年後に日記を通して娘に再会する事になった。原本はテキサス州にあるテキサス・テク・ユニバーシティーのベトナムセンターにおさめられている。現在オダカ・タイ(日本語の漢字不明)氏によって日本語への翻訳が進められており、来年には出版される予定らしいので興味のある方は乞うご期待。
実は私まだこの本を読んでいないのだが、先日、一足先にベトナム人アーティストNguyen Nhu Huyがこの本からのインスピレーションを元に作った作品をみる機会があった。シースルーのオーガンジーの布にこの日記に登場する人々の名前が刺繍されている。天井から吊るされたシースルーの布を通して布の反対側の世界とその間にしっかりと存在する歴史を生きた人々の名前。布の向こうに我々が見ているのは過去なのか未来なのか?
8/29/05
スポーツで健康向上!?
台湾にいるお友達Mさんはかなり台湾バスケにはまってるらしい。東京のお友達Tさんは最近ヨガを始めたらしい。うーー、スポーツの秋には早いけど、私もスポーツの晩夏を楽しもう!という事で張り切ってサイゴン競馬場に繰り出した!基本的にはドンキーみたいな馬を推定年齢10歳位の(一応規定では14歳以上となってはいるが。。。)ちびっ子ジョッキーが走らせるのだけれど、最近オーストラリアから40頭サラブレッドを輸入して日曜日だけレースをするとの情報!サラブレッドを走らせるための技術をマレーシア人調教師がベトナム人ジョッキーにトレーニングしているらしい。競馬場にも国際化の波が!昨日は残念ながらサラブレッドのレースは中止だったのだけれど、エアコンの効いたVIPルーム(といっても、650円位払えば誰でも入れる、笑)での観戦楽しかった!
さて、午後5時に最終レースが終わったものの、まだ体がなまってる!そりゃそうだ、食べて飲んで馬が走るの見てただけではスポーツにはならん!ということで、もう一つの我々的に流行ってるスポーツ、ビリヤードに繰り出す。何十台もビリヤード台が並び、ひたすら玉を突き続ける人間の姿は結構圧巻である。それにしてもベトナム人はビリヤードが上手い。他に娯楽がないからか、結構さびれた小さな町にいってもカフェとかにビリヤード台があって男の人達が玉突きに高じてる姿をよく目にする。サイゴンの大きなビリヤード場ではお客の相手をする短いスカートのホステスの女の子達もとてつもなく上手い。可愛いだけではビリヤード場のホステスにはなれないのである。女の子をナンパするつもりで一緒にゲームをしはじめて彼女の強さに呆然とし、最後にお愛想で「勝たせてもらった」という例をよく知っている、笑。よくテレビでビリヤードの国際試合をみるのだけれども、ベトナム人選手はまずみかけない。フィリピン人はよくいるけれど。査証の関係で簡単に海外試合にいけないから、自ずと選考からもれるのかなぁ。。。なんて私は思ってるのだが。真相はいかに。それにしても非常に健康的な(?!)スポーティーな一日でした。笑
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